バンドネオンって楽器知ってますか?
アコーディオンは鍵盤があるけど、バンドネオンは鍵盤の代わりにタイプライターみたいなボタンがついています。もう製造中止で、アルゼンチンタンゴ以外に使われることのない楽器、でもアルゼンチンタンゴには欠かせない楽器です。独特の哀愁を帯びる音色に魅せられた演奏者は、大枚はたいて中古市場でGETする・・・そんな楽器です。

これ、クレーフェルト(Krefeld)というドイツ西部の町(デュセルドルフから京浜東北線みたいなのに乗って30分くらいのとこかな?)出身のハインリッヒ・バンド(Heinrich
Band)って人が発明したのです。
ドイツ人っていったら、合理的/整然としているイメージがあるけど、このバンドネオンのキーの並び方って、まったく合理性がなくめちゃくちゃだそうです。それでも、この音色に惚れてがんばって日々練習しているというおじさんに昔会いました。
このドイツ人のイメージをくつがえすしくみの楽器『バンドネオン』ですが、コレをドイツ人が発明したと聞いた時、なんとなく「へぇ~」と納得してしまいました。いまではアルゼンチンタンゴの代名詞の悲哀ある音色の楽器だけど、ラテン系のギターの音色ように明るくなれないところと、そのキーのようにどこかOA機器に通ずる外観に私はドイツ人っぽさを見出してしまいます。
アルゼンチンタンゴは、20世紀のはじめにフランスでブレイクしましたが、ドイツでも盛んなダンスのひとつです。VHSのプログラムには、7日~10日の短期だけど、必ずアルゼンチンタンゴの講習プログラムがありました。ただし、「パートナーで申し込むこと」が条件ですが(笑)。母国人が作った音色に惹かれるのかな?
アルゼンチンタンゴ★アラカルト *以下は、アルゼンチンのMAIZAL社の2000年4月発行のお土産用冊子の英文翻訳及び要訳です。
*バンドネオン*ドイツのクレーフェルド出身のハインリッヒ・バンドが1846年にバンドネオンを創りました。この新しい楽器は14世紀始めに小さな教会や野外での結婚式のためにオルガンの代替物として創られたコンサティーナ(Concertina)という楽器を改良したものでした。このコンサンティーナというのは、六角形で典型的なバンドネオンの原形をしていました。最初のバンドネオンは64音でしたが、5列に並んだ鋲の中に200音まであげることができました。バンドネオンの音色はアコーディオンよりもずっと厳粛で悲しさを帯びていました。バンドネオンを演奏するのは並大抵のことではありません。なぜなら、バンドネオンは二重構造になっているからです。音はバンドネオンが開いているのか閉じているのかによって変ります。バンドネオンの内部には2つのアコースティックボックスと鉄の葦があります。そして、その鉄の葦のまわりに空気が触れるとヴィヴラートを作り出します。
一番一般的なバンドネオンは144音あって、アルフレッド・アーノルド(Alfred
Arnord(AA))という作者名が入っているものです。もはやバンドネオンを製造しているところはなく、今日バンドネオンはとても珍しいもので、コレクターやミュージシャンが熱心にバンドネオンを求めています。TANGOの俗語で『送風装置(bellows)』と呼ばれているバンドネオンは、楽譜が音の流れの中で思いを伝えるのにある重さをもつとき、悲しみ、ノスタルジア、メランコリーを伝えるのに最適な楽器となります。
*TANGOの語源*TANGOという言葉はアフリカを起源としています。いくつかのアフリカの方言で、『近所の寄合所』という意味です。18世紀末に奴隷たちが集まって音楽やダンスをする場所をTANGOと呼びました。
1770年にViceroy
Juan Jpse
Vertizがこの集まりをおとなしいものからうるさいパーティーにしました。いい加減なビートを打楽器で打ち鳴らし、カンドンベ(candonbe)というダンスを踊るこの集まりもTANGOと呼ばれました。
カンドンベは完璧で改善された振付があり、強烈なリズムに特徴がありました。ダンスはかけ離れたもので、踊る人達はすべての種類と言っていいくらいのゆがみを創りました。この動きは。コンパドリトス(compadritos=初期の男性だけで踊っていた踊り)で真似されて後にTangoとなりました。
このTANGOの語源で説明されているように、タンゴはいろいろな文化の融合です。一般論では、ブエノスアイレスからちょっといった港町ボカの娼婦館ではじまり(注;ウルグアイも起源を主張しています)、はじめは男性同士で踊っていた踊りです。ものすごく原始的で、前に押されるから、後ろに進む、男性にすべて決定権があって、女性はそれについていくだけ・・・って、ものすごく理にかなってると思います。

(左写真)カルロス・ガルデル(Carlos
Gardel)
1920年代から、飛行機事故で亡くなる1935年までタンゴシンガーとして活躍。アルゼンチンの国民的ヒーローで、結構、アルゼンチンの一般家庭に写真が飾ってあるとかないとか・・・
私は死んだら25歳に戻ってかっこいいチェ・ゲバラとタンゴを踊りたいワ!
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